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2015年08月25日(火)

白船来航(熱烈歓迎)

8月15日、世界第2位の大きさを誇る豪華客船「Quantum of the Seas(クァンアム・オブ・ザ・シーズ)」が来航しました。
言い訳みたいにアジア最大とも謳われていますが。デカイことには変わりありません。
 
数字で表すと、こうなります。
総トン数 :167,800トン
乗客定員:4180人
乗組員数:1500人
全長 :348m
全幅 :41m
喫水 :8.5m
巡航速度:22.0ノット
 
数字だけでは、どのくらい大きいのか分からないので、さっそく現場にいって確認してきました。
まずは、全体を撮影するために、港の近くの山頂からパチリ。
クァンタム・オブ・ザ・シーズ
 
斜め前方からの構図も欲しいので、対岸に移動してパチリ。
クァンタム・オブ・ザ・シーズ
 
その後、さらに移動して宮島行きフェリーからパチリ。
クァンタム・オブ・ザ・シーズ
(こんな遠くからも視認可能、やはりすごく大きい)
 
その後、入港した岸壁に設けられたおもてなしゾーンから行き、パチリ、
クァンタム・オブ・ザ・シーズ
近くで見ると、でかいマンションかホテルのようです。
ベランダに普通に洗濯物干してる人もいました。。。
 
パチリ、
クァンタム・オブ・ザ・シーズ
パチリ。
クァンタム・オブ・ザ・シーズ
近すぎて、全体が撮れません。
やむを得ずパノラマモードでパチリ。
 
船内には入れないのがとても残念でした。
クァンタム・オブ・ザ・シーズ
編集注:8月25日の入港時は、抽選で50名船内に入れます。ただし、残念ながら台風15号の影響で、寄航は中止になりました(代わりに韓国へ)。
 
おもてなしゾーンでは、神楽ショーがあったり、広島の物産やお好み焼きのブースなども出ていました。
それから、AIBSで翻訳した広島の観光マップ(英語版、中国語版、韓国語版)が置いてありました。
クァンタム・オブ・ザ・シーズ
 
舟の上には90m上昇して絶景を楽しめる展望台「ノース・スター」
クァンタム・オブ・ザ・シーズ
 
 
最後に、夜の出港シーンもパチリ。
クァンタム・オブ・ザ・シーズ
 
翌日の新聞発表によると、乗員乗客合わせて6400人が来広。
つまり、大型飛行機(定員、約500名)が約12機、新幹線(定員、約1300名)約5編成が一気に到着したと思えば、そのスケールが分かりますね。
 
 
上海からのお客様は、120台のバスに分かれて乗車して、宮島や平和公園、ショッピングセンターに向かいましたが、
12時の入港から21時の出港までの9時間のうち、おそらく入出国手続きやバスによる移動にかかる時間を差し引けば、自由時間は4時間ほどで、観光して、さらに買い物するというのは難しかったようです。
爆買い(経済効果は1億円)を待ち望んでいた家電量販店やドラッグストアは、事前の予想に反して、肩すかしをくらったみたいです。
 
 
それでも、港の近くにあるショッピングセンターのフードコートには、大量の観光客が押し寄せて、知り合いの娘さんがアルバイトをしている牛タン専門店でも中国語の対応に苦労したそうです。
炭焼き牛タン仙台なとり 広島
(写真はイメージです)
 
大阪や秋葉原なら手慣れたものなのでしょうが、広島の対応はまだまだじゃね。
 
豪華客船の旅は高そうなイメージですが、5泊や6泊で10~15万円と意外にリーズナブルです。ただし、上海に行かないといけないのと、旅先はほとんど日本か韓国ですが。
 
これからも、セレブリティ・ミレニアム号、クイーンエリザベス号など豪華客船が入港する予定なので、撮り船(とりふね)にとっては嬉しいかぎりです。
 
T.K.

カテゴリー:We LOVE Hiroshima

2015年08月11日(火)

70回目のHiroshima

今年も、被爆70年目の平和記念式典に参列してきました。
 
天気も良く、70年の節目というのもあり、全国各地、海外からも多くの方が来られていました。
最近は、若い人の姿も多くなってきたかなという印象があります。
 
Hiroshima86_1.png
 
私が式典に参列するようになったのは、約13年前、横浜にいた時、8月6日の気配がまったく感じられなかったことがきっかけなんです。
(だって8時15分にサイレン鳴らないんです。)
広島では、8月6日8時15分が、あれほど意識されているのに、なんでだろうと思いました。
また逆に、ずーっと広島に住みながら、何かしてきたのかと思い知らされました。
 
広島に戻ってからは、生前、祖父が朝早く起きて、暑い中、平和記念式典に参列していたのを思い出して、
できるかぎり、8月6日の記念式典に参列してきました。
 
が、いつも、黙とうをささげる場所は、平和公園ではなく大手町2丁目、平和公園の東岸と決めています。
そこは、写真でしか見たことのない祖母、叔父2名が亡くなった家のあったところなんです。
 
Hiroshima86_2.png
 
そこには毎年、黒い喪服をきた70~80歳ぐらいの年齢の女性が来られています。
いつも同じ場所に、来られているので、すごく気になりますが、姿を見ると、少しほっとします。
 
もしかしたら、ご近所さんだったかも?
そんな質問をしてみたいとも思うのですが、それを聞いてどうなるのか、と思う自分もいて、結局、聞くことはありません。
 
私の家族も、被爆を経験したものは、ほとんど亡くなってしまいました。
今後、被爆者の話を直接、聞く機会はますます減っていくでしょう。
 
語り部がいなくなり、語り部に代る方法としてCGやより鮮明な画像が作られ始めています。
たしかに悲惨な状況は忠実に再現できるかもしれません。
それが単なる映像技術としてのみ興味本位に拡散されていくのは、どうなのかとも思います。
 
そんななか、ある学校で、語り部のかたが生徒に対していった言葉が深く突き刺さりました。
「あなたたちが、こうやって実際の被爆者の口から体験談を聞ける最後の世代なんですよ」
 
この言葉をしっかり受け止め、私達なりに出来ることを次世代にしっかり受け渡していきたいものです。
 
T.K.

カテゴリー:日々のつれづれ